【マイストーリー③ 幼少期・後編】アメリカで体験した食文化、旅をしているときの鮮烈な記憶etc.

私の人生の出来事とそのときに感じた感情を、そのまま書いていく〈マイストーリー〉幼少期・後編です。

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大國沙織のマイストーリー③ 幼少期・後編

アメリカで、新たな食文化に触れる

近所に住んでいた、ジェシカという年上の女の子が、よく家に遊びに来ていた。
その日、たまたま私達家族は食事中だった。
日本人の食べるものが珍しかったようで、海苔を見て「その黒いものは何?」と不思議そうに聞いてきた。
母が「seaweedだよ」と答えると、目を丸くして「え、でも食べてるよ!?」と驚いていた。
私は海苔巻きが大好きだったので「そっか、海藻を食べるのって普通のことじゃないのか!」とびっくりした。

反対に、私が初めて目にする食べ物、初めて味わう味も、アメリカにはたくさんあった。
巨大なピザや分厚いステーキ、ジューシーなハンバーガー、フニャっとしたポテト、毒々しい色のグミやゼリー、これまた毒々しいパステルカラーのクリームがどっさり乗ったマフィンなど。
でも、自然食で育った私の身体は、ジャンクな食べ物を受け付けてくれず、後で気持ちが悪くなって帰宅後によく吐いていた。
何度かそんなことを繰り返して、「どうやら身体に良い食べ物と、悪い食べ物があるらしい」となんとなく気付いたのも、このころ。
若干、嘔吐恐怖症になった。友達からおやつをもらっても断ったり、後で調子悪くなるかもしれないものを避けるようになった。
それでも、食べるのは相変わらず好きで、食い意地も張っていた。
食べ物にまつわる記憶はとても多くて、どれも鮮明に残っている。

毎日学校で、おにぎりを珍しがられる

小学校のランチは、日によって給食的なものをカフェテリアで買ってもいいし、お弁当を持って行ってもいいし、自由だった。
広いカフェテリアで、好きなテーブルに座って、毎日思い思いの場所で食べていた。

私は大抵、母の作ってくれるお弁当を持って行っていた。
ほぼ毎日おにぎりだったので、「それ何?」としょっちゅう聞かれ、「It’s riceball!」と答えるのが日課になっていた。
日本式のお弁当が珍しいのか、覗き込みに来る子が絶えず、ちょっと誇らしかった。
他の子達は、パンの塊や、人参スティック、りんご丸ごとなど大胆な感じで、私にはそっちが新鮮だった。

日本の食材は、街のはずれにあった「あきさん」というお店で買っていた。
店員さんの日本人のおばちゃんが、面白くて優しくて好きだった。
和食の食材や調味料などは、よくここで買っていた。
日本語の絵本も、月に一回届くのでそれを買ってもらうのが楽しみだった。
ショーケースに入った精巧な日本人形が並んでいて、ちょっと怖かった。こけしなどもあった。

衝撃のパンケーキパーティー

小学校の授業参観があった。
校内の壁に貼ってある、自分の絵などを見てもらって、両親に褒めてもらって嬉しかった。
その後、パンケーキパーティーというイベントがあった。
これが、衝撃的だった。

パンケーキをどんどん焼いて、かなり広いカフェテリアの隅から隅に放り投げ、それをキャッチできた人だけ食べられる! というルールだった。
「食べ物で遊んではいけません」と教えられていた私には、衝撃過ぎた。
床に落ちた、たくさんのパンケーキの残骸と、ベッタベタのメープルシロップ。w
もったいないなと思ったけど、大音量で音楽が流れていて皆楽しそうで、大人も一緒になって本気ではしゃいでいて、ワクワクして楽しかった。
両親は「こんなイベントが成り立つとは……」と呆れていた(笑)。

外食の思い出、いろいろ。

週末は外食にも、よく行った。
「寿司一番」という名前のお寿司屋さんがあって、日本語学校で同級生の女の子のお父さんが営んでいた。
イクラが一番好きで、とりあえず海苔で巻いてあればなんでも好きだったので、カッパ巻きやかんぴょう巻きばかり食べていた。
食後に、抹茶小豆アイスを食べるのが楽しみだった。
でも、お刺身が日本のと違って生臭くて、生魚が嫌いになった。(未だに食べられないw)

中華料理屋さんにもよく行った。記憶に残っているのは、二軒のお店。
一つのお店は庶民的な感じで、食事が来るまでの間、子供用の塗り絵を渡してくれて嬉しかった。
行くたびに絵柄が違うので、それが欲しくて私は何度も行きたがったのを覚えている。
ドラゴンとか虎とか、中国っぽい派手な柄で、それをカラフルに塗るのが大好きだった。
炒飯や餃子が美味しかったけど、炒飯は卵に火を通しすぎだな、と内心いつも残念に思っていた。笑
量が結構多くて、食べきれないと、持ち帰りにしてくれた。

もう一軒は、ちょっと高級な感じだった。
数えるほどしか行かなかったと思うけれど、とてもよく覚えている。
お店の中に川が流れていて、鯉が泳いでいて、装飾が施された橋も架かっていて、装飾やインテリアも色鮮やかできらびやかで、豪華な雰囲気だった。
いつかこんな家に住みたい! と思った。
こちらは、お店の雰囲気が強烈すぎて、料理に関しての記憶は全然残っていない。
父が「ニーハオ」と中国人のふりをして、お店の方が流暢な中国語で話し始め、「いや実は日本人なんですw」というやりとりをしていたことだけ覚えている。
日本風のお店はなんか茶色っぽくて地味だな、中国風の方が派手で好きだな、と思っていた(笑)。

たまに行く洋食のビュッフェ式レストランがあり、好きなものを好きなだけ取って食べられるのが楽しかった。
ただ唯一、茹で過ぎてグダグダに柔らかくなったブロッコリーだけは苦手だった。
いつも外食時に持ち歩いていた、子供用のフォークとスプーンを下に落としてしまい、拾おうとしたら「後で店員さんが拾ってくれるから」と親に言われ、結局忘れてきてしまった。
クマの絵が書いてあって、お気に入りのものだった。
父がお店に問い合わせてくれたけれど、見つからなかった。
とても悲しくなった。
モノにも気持ちがあるとなんとなく思っていたので、今頃寂しい思いをしているんじゃないか、他のゴミと一緒にされてしまっているんじゃないか、とかいろいろ考えて落ち込んだ。
ちょっと異常だと思うけれど、たまにそのことを思い出しては涙が出たし、何年も引きずった。
今振り返ると、「一人ぼっちで寂しい」という自分の気持ちを投影していたのかもしれない。
一人で置き去りにされる恐怖を感じた、あんな体験などを、そこに重ねていたのだと思う。

旅先での記憶、いろいろ。

父が休みのたびにアメリカやカナダを、あちこち旅行した。
飛行機に何度も乗った記憶がある。
空を飛んでいる感じが、大好きだった。離陸のスピードが出る瞬間は、いつも興奮した。
砂漠のようなところを飛んでいるとき、サソリみたいな生き物が下に見えて「あ、サソリがいる!」と指さしたら、「そんな訳ないでしょ」と母に一蹴されて悲しかった。

知らない場所に連れて行ってもらえるのは、とても楽しくてドキドキした。
家族だけのこともあれば、親戚が順番に遊びに来てくれて、一緒に旅行することもあった。

旅行中は、キッチン付きのコンドミニアムに泊まることが多かった。
市場みたいなマルシェみたいなところで、食材をいろいろ買い物するのが楽しかった。

市場の活気に、いつもワクワクしていた。
八百屋さんに並ぶカラフルな野菜やフルーツ、ベーカリーから漂う香ばしいいい匂い、魚屋さんで目にした、生きていて泳ぐ魚やカニの様子など、鮮明に覚えている。

「これ食べたい!」と言ったら、母がそれを買って料理してくれるので、嬉しかった。
朝はベーカリーで買ったパンと、具沢山のスープみたいなシンプルな感じだったけど、知らない場所の宿で食べているという特別感があった。
旅先でもお弁当を作ってくれて、ピクニックもよくして楽しかった。公園とか、外で食べるのが大好きだった。

母の手料理で特に好きだったのは、かぼちゃのポタージュスープ。妹と、競い合うようにして最後の一滴まで夢中で飲んだ。
ほうれん草のマフィンや、ほうれん草入りの卵焼きも好きだった。ほうれん草とベーコン入りのキッシュも、大好きだった。
ほうれん草はあまり好きではなかったけど、こうしてもらうと美味しく食べられた。野菜を食べてもらうための、母なりの工夫だったのだと思う。

旅先では、B&Bにもよく泊まった。今でいう民泊みたいな感じ。

大抵はインテリアがカントリー調で、ベッドカバーがパッチワークで可愛かった。
朝ごはんが、どこも豪華な感じで嬉しかった。パンに塗るジャムも、何種類もあって塗り放題だった。クロワッサンとベーコンエッグが特に好きだった。

あるとき泊まったお家に立派な振子時計があって、父がそれに興味を示し、オーナーさんが英語でいろいろ説明してくれた。
私はそんなに英語もわからないので、途中で眠くなってしまい、睡魔と戦っていた覚えがある。
父が人と話すのが好きだったので、B&Bのオーナーさんに気に入られて、何かとよくしてもらうことが多かった。

英語がペラペラですごいな、と思った。
それを私がうっかり言ってしまって「じゃあ、これからは英語しか喋っちゃいけないルールにしよう!」と父が言い出し、私が日本語で話しかけても全部英語で返ってくるので、嫌だった(笑)。
ただ、そのスパルタのおかげで、リスニングは大分できるようになったと思う。

フロリダのディズニーワールドに、家族で遊びに行った。
一週間ぐらい滞在して遊びまくったのだけれど、広すぎて全然時間が足りなかった。

世界一周するような気分が味わえる、「ワールド・ショーケース」という色々な国のパビリオンのエリアがあって、とても楽しかった。
日本のエリアもあった。お城や、和食のレストランや、神社の鳥居まであった。

あまりにも広くて、色々な国があって、国ごとに全然雰囲気が違って、料理もそれぞれ全然違って、「世界って、なんて広いんだ……! すごい!」と感動した。
いつか大きくなったら、世界中の国に行ってみたい! と思った。

園内でサイン帳を買ってもらい、ミッキーなどキャラクターに会うたびにサインしてもらった。
ところが妹が、ずっと握りしめていたはずのサイン帳をなくしてしまった。
スタッフの人に伝えると、とても親身になって一生懸命探してくれて、感動した。
でも、見つからなかった。
その代わりに、と違うプレゼントをくれて、その優しさにジーンとした。
人って温かいなぁ、と思った。

カンザスかどこかを旅行中に見た夕日が、あまりにも美しくて、とても感動したことがあった。
そのとき私達家族は、ベストロケーションから夕日を見ようと、山を登っていた。
早くしないと、日が沈んじゃう! と急かされながら、展望台を駆け上がった。

地平線に少しずつ沈んで姿を消していく、小さくて真ん丸の真っ赤な夕日。
夕日の沈んで行った、地球の裏側のことを想像して、胸が熱くなった。
父が「地球って、丸いんだよ」と教えてくれたのを、よく覚えている。

【つづく】